建築学科ごっことは?

エスキスを素早くまとめるために、センスや思考力よりもはるかに大切なこと

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  • 「とにかくエスキスが苦手
  • 「アイデアが出てこない」
  • 「仮にアイデアが出てきても、設計としてうまくまとめられない
  • 「時間をかければかけるほど、当初のアイデアから乖離した不格好な設計になる」

という悩みは、建築学科での設計課題や建築士の資格試験で誰もが通る道だと思う。

エスキスというのは感覚的な要素が強く、そのノウハウを言語化して他人に教えることが極めて難しい次元の技術だ。

そのため指導が難しい。

教員に相談したところで「頑張ってたくさん製図して、たくさん添削してもらうしか無いよね」というあいまいな指示でお茶を濁されるのが関の山である。

そこで発想の切り替える必要があると考える。

こういった身体的な能力は、他人に教えてもらう能力というより、トレーニングによって体得するものである、と。

そこで今回のエントリーでは、「エスキス力を身につけるためのトレーニング方法」について掘り下げてみる。

結論としては、

シンプルな反復練習に基づく基礎力こそ、唯一最高の武器である。

という趣旨で語る。

とにかくエスキスに時間がかかって仕方がなかった 

設計課題が間に合わず締め切り前に徹夜続きになる状況は、概ね以下の3つが原因でだったと思う。

  • 企画:アイデアが浮かばない
  • 設計:アイデアを具体的な形としてまとめられない
  • 表現:形としてまとまった図面を模型・パース・プレボとして纏めるのが遅い

僕はこの中でも特に二番目の「設計」が大の苦手だった。

(この時点で明らかに建築学科に向いてない。)

エスキス指導というのは多くの場合、

  1. 課題が出題される。
  2. 学生がそれに対して解答図面を作成する。
  3. 教員がそれを添削する。
  4. 学生はまた新しい問題に取り組む。

という流れを繰り返すことで進んでいく。

ところが、何度図面を提出してもエスキスがうまくならないという人がいる。
何を基準に、どのような手順でエスキスを進めればいいのかわからないからだ。
故に、教員から返却された赤ペンだらけの答案を、次のエスキスにどのように活かせばいいのかわからないからのだ。

例えば階段・エレベーター・トイレなどの一般的にコアと呼ばれるような機能。

これらの機能は、利用者動線 バリアフリー、避難経路、設備上の理由などの平面的立体的条件が幾重にも重なっていて、いくつもの要素を同時並行的に検討しなければならない。

あちらを立てればこちらが立たず。

こちらを立てればあちらが立たず。

こちらとあちらを優先すれば別の何処かが破綻する。

こうした機能の配置は無限の選択肢があり、なおかつ唯一の誰もが認める正解というのが存在しない

さらに、それに対する教員からの指導は、

「ここの部屋はこっちにあったほうがいい」

とか

「ここの動線は良くないので、こっちに廊下を配置スべき」

といった部分的で局所的で具体的なものだったりする。

こうした指摘は、図面をパッと見たときに浮かんできた「なんとなくの違和感」をきっかけに発見し、そこに後付で理屈や理論を付け加えて指摘しているケースが多い。

そのため学生としても、その具体的でロジカルな問題点の指摘そのものには納得はいく反面、

  • どのような点に注目すれば、図面の違和感に気づけるのか
  • どのような発想・ロジックを身につければ、適切な修正案を思いつけるのか?
  • 真っ白な方眼紙を前に、最終的な完成像をどのようにして思い浮かべればいいのか?

といった根本的な問題を解決することができない。

だから学生も悩むし、教員もエスキス全体に係る視点や思考法を、言葉でうまく伝えられない。

設計の平面計画とは、非言語的・直感的で正解のないスキルだ。

取りうる平面計画の可能性は無限であり、それを選択する絶対的なマニュアルや具体的な手順はない。

つまり、まず理解するべきなのは、このような非言語的・直感的なスキルの習得は、人から教わるものではないのだ。

それは、もっと身体的・反復的なトレーニングによって身につけるものであると考えるべきなのだ。

将棋に学ぶ、直感力と判断力の磨き方

さて、同じく非言語的・直感的で正解のないスキルに将棋がある。
将棋は取りうる選択肢があまりにも膨大すぎて、どれが正解かまだわかっていない。

このゲームでは、試合開始時に動かせる駒の数は20個、動かし方は30通りである。

当然、相手の動かし方も30通りあるので、この時点でゲームの分岐は30*30=900通りだ。 

そして次の自分の番以降、指し手の動かせる手の数は爆発的に増加していき、無限に近い選択肢が生まれてくる。

 そのため、今日において尚、将棋には絶対唯一の正解となる手は存在していない。

もしあるならば先攻/後攻が決まった瞬間勝者が決るだろう。

しかし戦いの序盤に限ってみれば、マニュアルも存在する。

過去の対局の研究蓄積から、最初の数手に関しては取るべき手順とそれぞれの長所短所が体系的にまとめられている。

そのため棋士は、定石」を暗記し、戦いの序盤において自分に有利な戦いの土台作りを行う。

もちろん将棋はマニュアルだけで指すことはできない。
局所的な戦いを先読みする論理的な思考技術が必要になる。
そのため棋士は、「詰将棋」を繰り返し解くことで、戦いの10手20手先を読む技術を身につける。

また一方で、将棋は論理力だけでは指すことができない。

将来取りうる可能性のすべてを分析することは不可能なので、対局全体のおおまかな流れを捉えて判断する直感力も必要となる。

そのために棋士は、棋譜並べ」で先人の戦いを追体験し、戦いの大局観を掴む力を身につける。

つまり、将棋には

  • マニュアル
  • 思考技術
  • 直感力

の3つをが求められており、それを身につけるための訓練として

  • 基礎の丸暗記
  • テクニックの訓練
  • お手本の模倣

を行っている。

ほとんどの建築学科生は反復練習が足りてない

では、建築学科はどうだろうか?

先程の能力と訓練を建築設計に当てはめれば

  • マニュアル
    →図面の書き方・読み方を学ぶ
  • テクニック
    →局所的に平面を納めるコツを身につける
  • 直感力
    →図面の模写・トレスを繰り返す

と言い換えられるだろう。

ところがエスキスのトレーニングでは、1つ目の「マニュアル」と2つ目の「テクニック」に対する訓練は重視されている半面、お手本となる図面を用意しそれを繰り返し模写する反復練習を行う習慣は極めて希薄である。

図面模写やトレスの授業は、専門学校など一部の教育機関では繰り返し叩き込まれるが、多くの大学や資格専門学校では学習初期に数回行う程度が関の山である。

言うまでもなく、クリエイティブな分野において模写模倣という行為は、学習を初めたばかりの入門者からその分野の頂点に立った第一人者に至るまで、ありとあらゆる表現・価値創造行為の原動力となる訓練である。

それを怠るということは、将棋の例えになぞらえるならば、定石と詰将棋はたくさん行うが、棋譜並べは行っていないようなものである。

これでは、先人たちの対局を序盤から終盤まで俯瞰して研究していないので、対戦を見通す大局観が身につかないのも道理である。

エスキスをすばやくまとめるために大切なこと。

それは、

先天的なセンスや地頭的な思考力、座学で学べるテクニックやロジックではない。

お手本となる図面を繰り返し吸収すること

そしてそれによって図面に対する違和感や直感を鍛えること

これこそ、マニュアル的・パズル的に平面計画を納めることしかできなかったエスキス作業に、一筋の光を見出すトレーニング方法なのである。

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具体的なトレーニング方法 

では、図面模写とは、具体的にどのように行えばよいのだろうか?

 もちろん各人自分の好みや目的に応じて適宜模写すればいいのだが、ここでは僕が行った図面模写のやり方を一通り紹介しようと思う。

例えばある大学では、、吉村順三の「軽井沢の山荘」の図面模写課題が出題されている。

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軽井沢の山荘 断面図

 これも立派な図面模写課題である。

しかしここで僕がイメージしている図面模写とそれは、少しだけ目的や手法が違う。

まず、僕が図面模写を行う際に心がけたのは、俗にいう「センス」、つまり無意識レベルの意思決定や行動選択を最適化させる事が目的だった。

そのため、下記の三点を意識しながら行った。

  • シンプルでありふれた図面を
  • すばやく何度も模写・トレスし
  • 暗記できるまで繰り返す

これはつまり、お手本となる図面を自分自身にインストールすることによって、自分というマシンの製図能力をアップデートしているイメージである。

一方大学で出題された図面模写は一ヶ月描けてA1ケント紙数枚を使い、軽井沢の山荘の平面図立面図断面図を模写するというものであった。

つまり、

  • 名作住宅という特殊解な図面を
  • 時間を描けて丁寧に模写し
  • 一回書き上げたら終わり

という点において、筆者が考える図面模写と異なっている。

こちらは単に設計課題に向けて、製図用のペンや定規の使い方を学ぶチュートリアル的な課題であった。

故に、課題が終わってしまえばどの学生もこの軽井沢の山荘の寸法や配置はわからなくなってしまう。

そのため次の課題に向けての設計的な蓄積が少なく、お手本となる図面を自分の中にインストールするというここでの目的は到底達成されていなかった。

筆者の言う図面模写トレーニングのポイントは以下の3つだ。

  • 模写する図面は平凡で独創性やオリジナリティは無いが、建築として破綻や無理のない模範解答的な図面を利用する。(一級・二級建築士の製図試験模範解答など)
  • その図面を目で見て別の紙に模写する(≠薄い紙を重ねてなぞる「トレス」とは別)
  • 道具は「鉛筆(シャーペン)」「図面」「A4サイズの方眼紙」のみ。(インキング用のペン・定規・消しゴム・大きなケント紙・仕上げ用のコピックや色鉛筆は不要)

もちろんどんな図面をなんか模写してもいい。

ただ個人の経験上、初学者のころ一番実力がついたと感じたのは、昔の一級建築士の製図試験のような、シンプルでひねりも衒いもないストレートな設計図面を何度も模写することだったように思う。

 ここでの目的は、オリジナリティある豊かな空間を作り出すことではなく、その前段階、どんな設計でも最低限満たすべき要素を体得し、破綻のない設計計画を実現する能力を身につけることにある。

そのためには、変に空間的な工夫の施された名作住宅や作家性の強い建築を模写するより、教科書的だが普遍性や応用性のある、シンプルでありきたりでつまらない図面を吸収するほうが効果的だからである。

このような話をすると、時々

  • 「図面模写をするとオリジナリティが失われる気がする」
  • 「シンプルな図面を吸収してしまうと、面白みのない設計しか思いつかなくなりそう」

という声を聴くことがある。

しかしこれは、

  • 「レシピ通りに作ると料理に個性がなくなる」

と料理初心者初心者が語るに等しい主張であり、客観的に見てかなりイタい言い訳に思える。

将棋の例えにあてはめて考えると、棋譜並べのメリットの1つは、すでに死路とされている手を検討する時間の無駄を避けるためだ。

これは建築にとっても同じことで、図面模写の目的は、良しとされる図面を大量に浴びることであり、正しい図面からずれたところにある「不自然な図面」を検出する能力を高めることである。

つまり、このトレーニングによって消滅するオリジナリティなどむしろ消したほうがマシな悪癖なのだ。

おすすめの図面

個人的に模写するオススメは、一級・二級建築士の製図試験模範解答、あるいはそれに準じる設計問題とその解答である。

基本的には二級建築士は二世帯住宅や店舗併設住宅などの住宅系建築、一級建築士は図書館や美術館などの中規模公共建築や商業建築が出題されている。

建築技術教育普及センターのホームページでは、過去三年分の過去問とその解答例が公開されている。

一級建築士試験 試験問題等 建築技術教育普及センターホームページ

二級建築士試験 試験問題等 建築技術教育普及センターホームページ

ただ、近年の建築士試験の製図問題は難化傾向にあるうえ、解答例に解説がないため初心者には不向きになってしまった。

そのため、過去の製図試験のデータと模範解答、或は本番を想定した練習問題を掲載している本やサイトを活用するのがベターかもしれない。

製図練習課題/1級建築士製図対策室

二級建築士「設計製図の試験」練習課題

1級建築士 過去問題集チャレンジ7 平成29年度版

2級建築士 過去問題集チャレンジ7 平成29年度版

 もし、上記の図面模写を一通り終えて、もうすこしリアルな図面で学びたいと感じた場合は、や「こんな無味乾燥とした図面じゃなくて、もっと有名建築家の設計した図面で勉強したい!」という方がいれば、こちらの記事中の書籍を参考に、自分で好きな図面を模写すればいいだろう。

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一ヶ月間図面を模写してみれば……

世の中、悩んで答えを出すべき問題もあれば、調べたり暗記したりして解決すべき問題もある。

また、時間をかけて悩めば悩むほど質の良いアイデアが出るかといえば、必ずしもそうではない。

にも関わらず、建築学科生には「とにかく時間をかけて悩みまくる」という武器しか与えられていない。

同じ努力にしても、闇雲に努力するだけでなく、時には努力の質ややり方を変えてみることも必要である。

図面模写

このシンプルなトレーニングこそ、すべての建築学科生が見直すべき最良のトレーニング方法だと愚行している。

▼関連記事:よくある質問と答えをまとめました

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2 COMMENTS

建築一年生

毎回楽しみに見させてもらっています。建築を学ぶということでこちらのサイトに出会ったのですが、この記事の図面模写にたいへん助けられています。明らかにやる前より図面の読み取りが早くなった上に、空間のつながりも理解することが容易になりました。次の記事も楽しみにしています。

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houman-arch

〉建築一年生様
この記事は筆者のアイデアというよりは、創作活動や技術習得の常套句である「未熟なうちは模倣から入れ」を、建築学科風に翻訳したものにすぎません。
故にこのたびの建築一年生様の図面リテラシー向上も、当サイトの助けではなく、建築一年生様の努力が然るべき形で報われたというだけの事です。
今後は芸術や工学など他分野の知見も吸収し、より効果的な成長戦略を是非ご自身でも模索してみてください。(その方が、絶対、確実です)
建築一年生様のご活躍に、ささやかながら関われたことを誇りに思います。

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